2006-01-01から1年間の記事一覧

『コレラの時代の愛』

(G・ガルシア=マルケス 木村榮一訳 新潮社) いま新潮社から「ガルシア=マルケス全小説」の刊行が始まっていて、すでに『わが悲しき娼婦たちの思い出』(もちろん読みました──そうして、読み終わるとすぐにロバートソン・ディヴィスの『五番目の男』をま…

 『バラバ』

(ラーゲルクヴィスト 尾崎義訳 岩波文庫) どうして苦しみを欲することができるのか? 必要もないのに、またそれを強制もされないのに。これは不可解なことで、そのことを考えただけで、むなくそが悪くなりそうだ。彼はそれを考えると、あのやせ衰えた体、…

『動物園 世界の終る場所』

(マイケル・ヴェンチェラ 都甲幸治訳 学研) 「おれは今日も昨日も幸福だった」部屋に向かい、彼は静かに言った。「言葉では言えないほど」 おれは多くの境界線を越えようとしている。おれはもうすぐお終いかもしれない。そこまでは分かりすぎるほど分かっ…

『DUTY〔デューティ〕』

わが父、そして原爆を落とした男の物語(ボブ・グリーン 山本光伸訳 光文社) 「親父さんは、ゆっくり歩きたくて歩いていたのではない。顔面から倒れたくなかったのだ」ティベッツは言う。「頭にあるのはそのことだけだ。わたし自身もそうだから、断言できる…

『予告された殺人の記録』

(G.ガルシア=マルケス 野谷文昭訳 新潮文庫) 自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。 いまこの原稿を書くために何箇所も読み返していて、ふと自分はこの作品をちゃんと読み込んでいなかった…

『夏の闇』

(開高健 新潮文庫) 氷雨にうたれるまま何時間もすわったきりだったので、たちあがると体のあちらこちらが音をたてた。しかし、もういい。大丈夫だ。私は更新された。簡潔で、くまなく充填され、確固としている。 エピグラフには ……われなんじの行為(おこ…

『そば屋 翁』

(高橋邦弘 文春文庫) 僕は自分のそばにそれなりの自信はありました。僕自身が食べておいしいと思うそばを、多少は他の人もおいしいと思ってくれるに違いない。 おそらくこの本は聞き書きの形でつくられています(「本文構成」に西脇さんという名前がありま…

『野いばらの衣』

(三木卓 講談社文芸文庫) 「ですが、駄目になるなら徹底的に駄目になっていただきたい。ずっとずっと、何の益もない、つまらぬ存在になりさがっていただきたい。そうなったあなたに出会った人が、すれちがって数秒したらもう何もおぼえていないような者に…

『素晴らしいアメリカ野球』

(フィリップ・ロス 中野好夫・常盤新平訳 集英社文庫) 「ルーク──教えて。あなたがこの世でいちばん愛しているものは何なの? だって、わたしと同じだけ、あなたに愛してもらいたいからなのよ。もっと愛してもらいたいの! 全世界でいちばん愛しているもの…

『月山』

(森敦 『月山・鳥海山』所収 文春文庫) 「だども、カイコは天の虫いうての。蛹を見ればおかしげなものだども、あれでやがて白い羽が生えるのは、繭の中で天の夢を見とるさけだと言う者もあるもんだけ」「天の夢?」 もうだいぶ以前──二十年以上前じゃない…

『あなたの人生の物語』

(テッド・チャン 浅倉久志 他 訳 ハヤカワ文庫) この作家の描く光景はたとえばこういうものです。 鉱夫たちは登りつづけ、やがてそのうちにある特別な一日がやってきた。斜路の上を見ても、下を見ても、塔がまったく同じように見える日だ。下を見ると、一…

『めぐりあう時間たち』

(マイケル・カニンガム 高橋和久訳 集英社) 彼女はあれから何度考えたことだろう、もし自分が彼のもとに留まろうとしたらどうなっただろうかと。もしブリーカー通りとマクドゥーガル通りの角でリチャードのキスを返したら? 彼といっしょにどこかへ(どこ…

『カウガール・ブルース』

(トム・ロビンズ 上岡伸雄訳 集英社) 「わたしは真面目なヒッチハイクは全然やってないの。ただ十一歳の頃から、わたしはいつも二ヵ月に一度は家出して、カウガールになれる場所を探してたんだ。でもいつも誰かに捕まって、カンザスシティーに送り返されち…

『アルネの遺品』

(ジークフリート・レンツ 松永美穂訳 新潮社) ここまで読んだとき、アルネは突然声を止め、顔をあげて恐ろしいことでもあったかのように表情を歪めた。苦しそうにほほえんだ。震え始めた。体が揺れているようだった。彼が呼吸困難に陥っているのが見てとれ…

『マン・オン・ザ・ムーン』

(ボブ・ズムダ マシュー・スコット・ハンセン 塩原通緒訳 角川文庫) 一九七九年の秋、もしあなたが飛行機のファースト・クラスに座っていたなら、そうとは知らずにカフマンのショーを目にしていた可能性がある。 ひょっとしてあなたは、初めての飛行機にび…

『迷宮』

(大西巨人 光文社文庫) やがて旅人は、赤色表紙の小型本一冊を持って、もどって来た。「これは、中央公論社の『世界の文学』48ローベルト・ムージルとヘルマン・ブロッホの巻で、いま私が言うのはブロッホのことだ。この巻に収められているのは『夢遊の…

『私は「蟻の兵隊」だった』

(奥村和一・酒井誠 岩波ジュニア新書) 最近もあるテレビドラマで終戦の場面が流れていて、ヒロインたちが「ああ、ようやく戦争が終わったんだ・もう空襲もない・そのために焼け出されたり、死んだりすることもない」というような感慨を抱くわけなんですが…

『初めて人を殺す』

(井上俊夫 岩波現代文庫)(三) 私のこの紹介のしかたに問題があるというのは、いろんな要素をごっちゃにしてしまっているということなんですね。井上さんの文章がそのようにたくさんの要素を含み込んでいるわけです。 そのたくさんの要素のうちのひとつを…

『初めて人を殺す』

(井上俊夫 岩波現代文庫)(二) 私はいま自分のしゃべりかたがまちがっているのじゃないかと危惧しています。しかし、このままつづけましょう。「刺突」という訓練が強制的に行われたということ。それは、ごくふつうのひとが──戦闘でもないのに──木にくく…

『初めて人を殺す』

(井上俊夫 岩波現代文庫)(一) この本のことは以前(二〇〇五年二月)に、私の勤める書店のホームページで紹介したことがあります。その文章で私は、一月十日に『神聖喜劇』大西巨人)を読み終えたことを書いています。さらに、翌十一日に講談社文芸文庫…

『蟻の兵隊』

『蟻の兵隊』ちょっと例外的な書きかたをします。それというのも、すでにこの映画が公開されていて、いつまでこれがつづくのかわからないので、とにかく、できるだけ多くのひとがその期間内に観ることを望むからです。 これはとにかく観てください。http://w…

『黄金の眼に映るもの』

(カースン・マッカラーズ 田辺五十鈴訳 講談社文庫) 作者にはカーソン・マッカラーズという表記(カースンではなく)もありますね。その方が一般的なんでしょうか。 マッカラーズを読むのはこれが二作めで、最初に私は『心は孤独な狩人』(河野一郎訳 新潮…

『トニオ・クレーガー』

(トーマス・マン 野島正城訳 講談社文庫)(五) いや、ここまででも十分に長いと思っていたんですが、自分でもあきれたことにまだつづけます。しかし、これから私がこのホームページで企てる「読書案内」のどの文章もがこんなふうに長いもののはずはありま…

『トニオ・クレーガー』

(トーマス・マン 野島正城訳 講談社文庫)(四) ここまでのところで、私自身の文章をまったく意に介さずに、単に私の引用した箇所だけでこの作品を読もうと思ってくれるひとのいることを私は願いもします。そうであるべきなんですよ。なにしろすでに作品の…

『トニオ・クレーガー』

(トーマス・マン 野島正城 訳 講談社文庫)(二) 私自身の経験でいうと、私はまずこの『トニオ・クレーガー』を高校のはじめくらい(もしかしたら中学の終わりかもしれません)で読むのじゃなかった、といまは思うんです。といってもしかたのないことなん…

『トニオ・クレーガー』

(トーマス・マン 野島正城訳 講談社文庫)(一) まず私はこういうことをお断わりしておかなくてはなりません。私はこの作品を、おそらく十四歳か十五歳で読んで以来今日まで──二十五年以上が経過しています──、作品のある箇所だけ・ある部分だけという読書…

(一三)全部の作品を押さえるなんてことをばかにしていて、しかも、偏向を旗印にしている者の読書案内 自己紹介のつづきでもあるかと思いますが、ここでまた引用を ── けれども私は、人生に何か注文を出すという考えになじめませんでした。むしろ、偶然に自…

(一二)「何を読んだらいいかわからない」などと思ったことは一度もない いま考えているのは、ひとつには作品ごとの「読書案内」ですが、もうひとつ、べつの、ある意味身辺雑記ふうの文章のなかに「読書案内」を織り込む形です。この両面からホームページを…

(一一)どんな立場であろうが、いうべきことはいわなくてはならない それにしても、こうやって書き手や読み手のレヴェルの低さをいいつづけてきた私に向けての、「そういうことはいうものじゃない、そういうことをいうのは下品だ、賢明なひとはそういうこと…

(一〇)作品は読者のためにあるのではない 少し前に私は『夏の砦』(辻邦生)を例にあげながら、こういいました。「こういう描写のある作品ならば、当然本も厚くなるでしょうし、ページも文字で埋め尽くされたようなものになるでしょう」。 もう一度その「…