2006-11-01から1ヶ月間の記事一覧

 『バラバ』

(ラーゲルクヴィスト 尾崎義訳 岩波文庫) どうして苦しみを欲することができるのか? 必要もないのに、またそれを強制もされないのに。これは不可解なことで、そのことを考えただけで、むなくそが悪くなりそうだ。彼はそれを考えると、あのやせ衰えた体、…

『動物園 世界の終る場所』

(マイケル・ヴェンチェラ 都甲幸治訳 学研) 「おれは今日も昨日も幸福だった」部屋に向かい、彼は静かに言った。「言葉では言えないほど」 おれは多くの境界線を越えようとしている。おれはもうすぐお終いかもしれない。そこまでは分かりすぎるほど分かっ…

『DUTY〔デューティ〕』

わが父、そして原爆を落とした男の物語(ボブ・グリーン 山本光伸訳 光文社) 「親父さんは、ゆっくり歩きたくて歩いていたのではない。顔面から倒れたくなかったのだ」ティベッツは言う。「頭にあるのはそのことだけだ。わたし自身もそうだから、断言できる…

『予告された殺人の記録』

(G.ガルシア=マルケス 野谷文昭訳 新潮文庫) 自分が殺される日、サンティアゴ・ナサールは、司教が船で着くのを待つために、朝、五時半に起きた。 いまこの原稿を書くために何箇所も読み返していて、ふと自分はこの作品をちゃんと読み込んでいなかった…

『夏の闇』

(開高健 新潮文庫) 氷雨にうたれるまま何時間もすわったきりだったので、たちあがると体のあちらこちらが音をたてた。しかし、もういい。大丈夫だ。私は更新された。簡潔で、くまなく充填され、確固としている。 エピグラフには ……われなんじの行為(おこ…

『そば屋 翁』

(高橋邦弘 文春文庫) 僕は自分のそばにそれなりの自信はありました。僕自身が食べておいしいと思うそばを、多少は他の人もおいしいと思ってくれるに違いない。 おそらくこの本は聞き書きの形でつくられています(「本文構成」に西脇さんという名前がありま…

『野いばらの衣』

(三木卓 講談社文芸文庫) 「ですが、駄目になるなら徹底的に駄目になっていただきたい。ずっとずっと、何の益もない、つまらぬ存在になりさがっていただきたい。そうなったあなたに出会った人が、すれちがって数秒したらもう何もおぼえていないような者に…

『素晴らしいアメリカ野球』

(フィリップ・ロス 中野好夫・常盤新平訳 集英社文庫) 「ルーク──教えて。あなたがこの世でいちばん愛しているものは何なの? だって、わたしと同じだけ、あなたに愛してもらいたいからなのよ。もっと愛してもらいたいの! 全世界でいちばん愛しているもの…

『月山』

(森敦 『月山・鳥海山』所収 文春文庫) 「だども、カイコは天の虫いうての。蛹を見ればおかしげなものだども、あれでやがて白い羽が生えるのは、繭の中で天の夢を見とるさけだと言う者もあるもんだけ」「天の夢?」 もうだいぶ以前──二十年以上前じゃない…

『あなたの人生の物語』

(テッド・チャン 浅倉久志 他 訳 ハヤカワ文庫) この作家の描く光景はたとえばこういうものです。 鉱夫たちは登りつづけ、やがてそのうちにある特別な一日がやってきた。斜路の上を見ても、下を見ても、塔がまったく同じように見える日だ。下を見ると、一…

『めぐりあう時間たち』

(マイケル・カニンガム 高橋和久訳 集英社) 彼女はあれから何度考えたことだろう、もし自分が彼のもとに留まろうとしたらどうなっただろうかと。もしブリーカー通りとマクドゥーガル通りの角でリチャードのキスを返したら? 彼といっしょにどこかへ(どこ…

『カウガール・ブルース』

(トム・ロビンズ 上岡伸雄訳 集英社) 「わたしは真面目なヒッチハイクは全然やってないの。ただ十一歳の頃から、わたしはいつも二ヵ月に一度は家出して、カウガールになれる場所を探してたんだ。でもいつも誰かに捕まって、カンザスシティーに送り返されち…