「些細なことながら、このようなニュアンスの違いの積み重ねによって読者は、少しずつ、しかし確実に原典から遠ざけられて行く。」その一六


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 私の停滞のせいで、もうすでに古い話題としか受け止めてもらえないかもしれないんですが、しばらく前からネット上では話題になっていた ── 「アニリール・セルカン経歴詐称、業績捏造の追求 blog」(http://blog.goo.ne.jp/11jigen/e/51dea8f84d63def58016b9eba89a44c3) ── ことなんですが、とうとう朝日新聞がこういう記事を出しましたね。これは、ネットの力が朝日新聞を動かしたということですよね。引用します。

東大トルコ人助教の経歴「宇宙飛行士候補でない」 トルコ政府

 「トルコ人初の宇宙飛行士候補」を名乗って講演や執筆活動をしている東京大大学院工学系研究科のアニリール・セルカン助教(36)が、飛行士候補の根拠として示していた公文書についてトルコ政府は13日、政府発行の文書ではなく内容も事実に合わないとの見解を示した。朝日新聞の問い合わせに文書で回答した。
 アニリール助教は東大博士課程を修了、日本の宇宙航空研究開発機構研究員を経て、05年に東大助手(現助教)に就いた。01年に米航空宇宙局(NASA)で宇宙飛行士の訓練を修了したなどと称して各地で講演、科学技術振興機構が運営する日本科学未来館の映像監修もした。
 しかし、宇宙飛行士候補である証明として東大に提出したトルコ運輸省の文書について、トルコ大使館は「運輸省が発行したものでない。署名も本物でない」と否定した。
 助教NASAの研究事業に招いたとされた米大学教授やNASAも、同様に提出された手紙や訓練証明書について「自分の署名ではない」「文書の書式が違う」と発行を否定している。
 助教をめぐっては、03年度の業績として宇宙機構に申告した論文一覧11本のうち4本の存在が確認できず、宇宙機構が該当部分を報告書から削除した。東京大も経歴や業績の調査を進めている。
 アニリール助教朝日新聞の10月末の取材に対して「トルコ空軍とNASAの合意に基づいて宇宙飛行士の訓練を受けた。軍事的なことなのでこれ以上は話せない」と話していた。

おわび
8月29日付土曜別刷り「be」の「フロントランナー」の記事で、アニリール・セルカン東大助教について、「トルコ人初の宇宙飛行士候補」とある2カ所は誤りでした。該当部分を削除します。読者のみなさまに誤った情報をお伝えしたことをおわびします。

朝日新聞 二〇〇九年十一月十四日)


 というわけで、アニリール・セルカンの経歴詐称問題 ── セルカン本人というより、彼の本を出している版元や彼を持ち上げていたメディア、またその読者など ── などについて職場の同僚と話していて、私が最先端=亀山郁夫問題 ── こちらは「経歴詐称」などというはっきりした、誰の目にも明らかな非を持ち出せない事例ではあるけれど、「彼の本を出している版元や彼を持ち上げていたメディア、またその読者など」などについてはセルカン問題と同様の現象がある ── について触れると、同僚 ── 彼は私の最先端=亀山郁夫批判を耳にたこができるほどきかされていますが、『カラマーゾフの兄弟』はおろか、ドストエフスキー作品のどれひとつとして読んだことがありません ── が、こういいました。
「あのひとたち(ネット上で最先端=亀山郁夫批判をしているひとたち)はやりかたが下手なんだと思うんですよ」
 その「あのひとたち」のなかに ── まさかこの ── 私もいることを彼は知りません。
「どういうこと?」
「もっとわかりやすくやればいいんですよ。亀山の訳文を引いて、正しい訳と並べるんですよ。そうしたら、亀山のおかしいことは俺にもわかります」
「……」

 これが、ふつうのひとたちの考えることなんですね。木下豊房らの「検証」サイト(http://www.ne.jp/asahi/dost/jds/dost125.htm)を読むつもりにもならない。「横板に雨垂れ」(http://yokoita.blog58.fc2.com/)も「こころなきみにも」(http://d.hatena.ne.jp/yumetiyo/)も知らない。最先端=亀山郁夫について知ろうとも思わない。

 だから、最先端=亀山郁夫批判は難しいんですよ。