老眼鏡の年


 老眼鏡を買ったのは一昨年だったか、その前だったか、これまでほとんど使うことがなかった。眼鏡を掛け替えるのが面倒なのでもある。というか、掛け替えなくともある程度の文字は読めるというレヴェルの老眼だということなのか。しかし、掛け替えないと、やはり文字を読むのは苦痛になってくる。いや、そんなことより、読書への意欲が衰えきっているのだ。この数年間に読み終えることのできた本はわずかに数冊にすぎない。去年にかなり熱心に読むことのできた本は『野菜いためは弱火でつくりなさい』(水島弘史 青春出版社)のみだ。この本と、同じ著者の『水島シェフのロジカルクッキング』(亜紀書房)を読みながら(そうして、この本からの動画を見ながら)、私は、野菜いため、ハンバーグ、とんかつ、フライドポテト、ペペロンチーノを繰り返しつくった。もっと料理がしたいと思っている。キッチンも自分のやりたいことができるように整えたいし、このもくろみは現在着々と進んでいる。いや、そういう話をしたいのではない。
 今年はもっと頻繁に老眼鏡に掛け替えるようにしたい。ひまさえあれば老眼鏡を掛けているというふうにしたい。いま読みかけの本が何冊もある。そのうちの一冊がサイードの『知識人とは何か』(平凡社ライブラリー)だ。それらの読書を大切にしたい。
 もちろん、この数年間に私の読書欲の妨げになっていたのは、老眼のせいというよりは最先端=亀山郁夫批判の文章を書きつづけていたせいだ。これを書いていると、本当にいろんなことが嫌になってくる。うんざりしてくるのだ。しかし、この批判文章、ほとんど公開をせずにもう三年ほどがたつが、公開していないだけで、私はずっと書きつづけている。いくつもの文章が書き上がっているが、ひとつ書き上げるごとに、その前に置くべき文章の必要が生じる気がして、なかなか公開に至らない。しかし、もう少しだ。もう少しで公開に至る。
 今年は読書を再開しながら、最先端=亀山郁夫批判をもつづけることができるようにしたいと思っている。